夕陽の中で【藤なぎ】

「電車で一緒になるのって初めてですね。」
ふんわりと膨らんでいる髪を揺らして彼女は照れたように微笑んだ。
笑い顔や一生懸命な顔がとても好ましい女の子。幼馴染の親友で、
同じ学校の後輩。接点があるようなないような微妙なライン。
この顔を見る度に心臓が跳ね上がるのは誰にも秘密だ。
「美墨さんはいつもこのくらいに帰るの？」
時刻は6時をまわるくらい。学園の閉門時間は5時半なので、少し遅い
と言える。
「はい、みんなと一緒ならこのあとタコカフェに寄って、軽く腹ごなしして
から帰るので、もうちょっと遅いくらいですね。」
「そのあと晩御飯？すごいね。」
「はい！いけちゃいます！！！……っすいません…。」
恥ずかしくなったのか、最後の方の声は消え入りそうだった。手すりに
捕まり顔を伏せる。首が赤い。
「かわいいね。」
「っホントですか？！」
「うん、美墨さんはかわいい。」
こちらを見て意気込んだ彼女に微笑んで答えた。真っ赤な顔がこちらを
振り返るとまた、心臓が跳ねる。
オレがどんなふうに思っているか、なんてきっと気付かない。
紅い光が差し込んで、オレ達は夕焼け色に染まった。
「うわぁ綺麗ですねぇ。」
窓の外に視線を向けて彼女は声を上げた。
その夢中で見つめる視線をこちらに向けてほしい。
そう、願いながらオレも視線を外に向けた。
夕陽が少しづつ沈んでいく。
その刹那の光は予想以上に輝いている。
「……本当に綺麗だ。」
この時間が永遠に続きますように。
オレはこっそり願掛けをした。

fin

それは儚い夢。
でも夢を見るのは自由だ、と自分に免罪符を与える。
知っている。
彼には素敵な彼女がいることを。
知っている。
彼女はとても可愛く、自分が割り込む隙などないことを。
そして、自分も彼女が大好きなことも。

「藤Ｐせんぱ～い！」
びくりと肩が震えた。
「あぁ、美墨さん。」
「そろそろ時間なんですけど、まだかかりそうですか？何ならあたし先に行って遅れるって伝えておきますけど。」
約束でもしているのか、美墨なぎさは息せききってそう口にする。
「あぁ大丈夫。もう終わるから。」
ボールを爪先で跳ね上げ、自分の手の中に収めながら藤村省吾はそう答えた。
二人の姿はとても微笑ましく、ライバルであるはずのあたしも見ていて気持ちが凪いでいく。
「ねぇ…美墨さん。」
少し、彼が甘い声を出したかと思うと、彼女の背に手を沿え、唇を頬に寄せた。
「！！！ふ…ふじぴーせんぱいっっっっ？！」
夕焼けに負けじと真っ赤に頬を染め、彼女は体を引きはがす。
「ん…？我慢できなかった。」
彼女の羞恥など我関せず、と彼はますます甘く蕩けるような表情を見せた。
偶然目撃したあたしのダメージは激しい。
けど、覚悟していたからか、想像していた程ショックは受けなかった。
しかし、学園内でなにをやっているのか。
人目につくだろうに、そんなことはお構いなし、といった様相だ。
「もう！誰かに見られたらどうするんですか？！」
「別に構わないけど。」
「あ・た・し・が！構います！！」
「………いや？」
しょんぼりした様は仔犬のよう。
「………嫌じゃないですケド、恥ずかしいんです……。」
彼女は真っ赤に染まった顔を伏せながらそうこぼす。
「可愛い。」
その一言でますます体中を火照らせた彼女は、彼の腕の中に閉じ込められた。
流石にこれ以上注視する気になれず、そっとその場を後にする。
「あーあ。分かってたけど、ね。」
甘くて甘くて見てる方が恥ずかしくなるくらい好き合ってるのが分かる。
あんなバカップルぶりを見せられて、何時までもこの気持ちを引きずることはできない。
よし、とひとつ気合いを入れてあたしは前へと歩きだす。
あたしの青春はまだまだこれから。
頬に伝う涙を拭って、あたしは一歩を踏み出した。


fin.


藤Ｐ罪作りな男よのぉ、と言いたかっただけです。
この「あたし」はモデルはいませんが、なぎさを慕うあたり下級生かな、と。
同じラクロス部にこういう子いてるだろうなぁと思って書きました。

＞ひゆはゆりさん
いつも素敵な感想をありがとうございます。
感想に触発され、また小説を書く、ということもあり、とっても感想楽しみにしてます。
ホント藤P鈍すぎですよね！でもそんな藤Pがまたかっこよいんですぅo(^ ^)o
あぁぁぁぁまた１話から見直したくなってきた。
GWに入り、少し気持ちの余裕ができたのでがんばりたいと思います。

＞なぎさやかさん
拍手小説気に入っていただいたようでありがとうございます！
最近更新してないのでちょっと心苦しいですが(^ ^;
なかなかあの短さで気に入るものができなくて…。
他にも長編を更新してなかったり、色々停滞ぎみですが、ぼちぼちやりますのでまた遊びにきてください！

＞ゆずさん
バレンタインの拍手返信が今頃でほんとすいません！
２話同時頑張りました！というか、あぁいうの書きたかったんですよ～。
楽しんでいただけたら幸いです。
ホントはホワイトデーも２話同時で二人のそれぞれを書きたかったんですが、３・４月は忙しすぎました…。
ギリ花見書けたので、イベントはなんとかおさえて更新したいと思います！
これからもよろしくお願いします。

「なんかこういうこと前もあったよね。」
「……はい……。」
忘れもしない昨年の春。
あの時もあたしはぼんやりと歩いていて、先輩の背中にぶつかった。
あの時は高校に進学したばかりの先輩がとてもかっこよく見えて、すっごくドキドキして困ったのを覚えている。
今もそれは同じで、心臓はばくばくと激しく打ち付けていて、まともに先輩の顔が見れない。
「美墨さんも高等部、か。高等部は女子部と男子部で共同してするイベントがあるんだよ。グラウンドも隣にあるし、ばったり会えるかもね。」
「そうなんですねー。」
「うん、だから嬉しいよ。美墨さんに会えると元気になるし。」
ちょっぴりドキっとする言葉。
でもきっと先輩のことだから他意はない。
「ははは、そーですか？お役に立てたんならよかったです。」
「うん、すごく助かってる。」
そう言って投げかける視線が意外に熱いものだったので、あたしはもうどうしていいか分からなくて、視界から先輩を外した。
空には薄いピンクのふわふわと碧い空のコントラスト。
すっきり晴れた空が、とても綺麗で意識を奪われる。
「すごい……。」
感嘆の声を吐く。先輩も空を仰いであたしの言葉に続いた。
「あぁ…綺麗だね…。」
それもある。でもそれだけじゃなく…。
「美味しそう…！」
「え？」
意表をつかれたように戸惑いの表情を浮かべる先輩に向き直り、あたしは続けた。
「すっごいふわふわのピンクですよね！綿菓子みたいですっごく美味しそう！！！」
「………。」
「桜色ってどんな味かな？最近桜チョコとか見つけて食べてみたんですけど、すっごく甘くて美味しかったんですよ。それでね、柔らかくてすぐ口の中で溶けちゃうんです！なんか思い出す！！」
「…………………。」
無言の先輩をそっちのけで、頭上の桜を愛でながら、チョコトークを繰り広げていたのだが、ふと、隣の気まずい気配で我に返った。
(しまった！)
先刻までちょっといい感じで歩いていたはずなのに、今のマシンガントークで台なしだ。
羞恥心で顔がほてる。
そろそろと先輩の方を見ると、意外にも柔らかい笑みを浮かべていた。
その表情が目に飛び込んできた途端、心臓がとくんと鼓動を打った。
掻き消えていた甘い空気が再び漂ってくる。
(なんで、そんなに見つめるの？！恥ずかしいのに。)
でも、見るなとも言えず、顔を伏せててくてくと歩いた。
「ほんと、美墨さんは可愛いね。」
衝撃的な台詞が横から聞こえてきた途端、あたしのリミッターはふっとんだ。
もう無理。絶対無理。
「あああああああたし、ほほほほほほのかと待ち合わせしてるんでした！！！お…お先に失礼しまぁす！！！！！」
返答を待たずにスタートダッシュをかける。
後ろの方で「あ…美墨さん…」とかなんとか言ってるのが聞こえた気もするけれど、かまってなんかいられない。
うららかな春の日。
幸先のよい出だしにあたしの熱は上がるばかりだった。


fin.


本当は桜の時期にあげたかったんですが、遅くなりました。藤なぎ欠乏中なので、ちょっと物足りない気もしますが、お楽しみいただけたら幸いです。